2008年8月30日土曜日

改革クラブ

 参議院の民主党議員三人が離党して、無所属議員二人と新党「改革クラブ」をつくるというニュースが政界を騒がせた。いま、参議院は与野党の数が逆転しており、ねじれ国会と言われている。自民党は、党運営に不満を持つ民主党議員の切り崩しにやっきとなっており、今回の新党さわぎにつながったとされている。

 当然、三人は自民党寄りとされ、すぐにねじれが解消されるわけではないが、次期政権をねらう民主党にとっては大打撃と見られていた。ところが、驚いたことに新党に参加を表明していた民主党の姫井由美子議員が、会見をドタキャンしたのである。その後、新党への参加をとりやめ、民主党議員として政治活動を続けるという記者会見をした。

 これには驚いたが、本当に驚いたのは新党立ち上げに参加した議員たちであろう。なにしろ五人集まらなければ、政党交付金がもらえないからだ。まさに、二階に祭り上げられてはしごをはずされた状態である。とは言っても、渡辺、大江議員らは民主党の比例代表として選ばれた連中である。選挙民を愚弄した行動であるから、彼らに同情の余地はない。

 姫井議員の翻意は、菅副代表らが必死に説得したからと言われている。もともと彼女はなにか政治的信念があって、今回の行動に出たわけではない。先の参院選で、片山虎之助議員に勝って、「姫のトラ退治」としてもてはやされたが、その後は、不倫相手に訴えられたり、その奔放な行動が民主党議員の顰蹙を買っていた。このため、民主党にいても将来はないと判断したうえでの決断だったのであろう。

 いずれ、今回のさわぎは、政治信念のもとに行われたものではなく、みんなが損得勘定で動いた結果である。結局、誰が得したのだろうか。

2008年8月20日水曜日

清原引退

 けがで戦線を長期離脱していたオリックスの清原が復帰した。大リーグを解雇された桑田が清原のバッティング投手を申し出たと聞いて感慨深かった。ふたりが抱えた業の深さを思ったからだ。

 桑田と清原は、PL学園のピッチャーと四番打者として一年生から甲子園で大活躍し、日本中の脚光を浴びた。はやくからプロ入り、しかも、巨人入りを熱望していた清原に対し、桑田は進学を宣言していた。実際に、桑田の早稲田大学進学が新聞でも報じられた。

 体格的に劣る桑田(公称175cmであるが、実際はそれよりも背が低い)は、プロ入りする前に大学でじっくり鍛えたほうがよいという評論家の意見もあった。清原も、桑田の早稲田進学を信じていたはずだ。さらに、巨人はドラフト会議で、清原の一位指名を内々に約束していたという。

 ところが、日本中を驚かす事件がドラフト当日に起きた。なんと、巨人が桑田を一位指名したのである。この時の巨人軍の監督が王貞治である。さらに、驚いたことに、早稲田大学進学を宣言していた桑田が、巨人入りを表明するのである。

 清原は、巨人軍と尊敬していた王監督に裏切られただけではなく、無二の親友にも同時に裏切られたのである。その時の葛藤はいかなるものだったろうか。清原は、人目もなく涙を流してくやしがった。結局、西武ライオンズが清原を獲得することになる。

 このドラフトについては、いろいろな密約説が世間で喧伝された。桑田をどうしても欲しい巨人が、清原と世間を欺いたというのである。真相はいまだに分からない。しかし、この事件が三人のその後の人生に与えた影響は大きかったと思う。今回復帰した清原を徹底的につぶせと王はピッチャーに命じたらしい。

もし、あの時、巨人が清原を指名していたらどうだったろうか。桑田はもっと勝ち星をあげていたのでなかろうか。王は巨人を追われることはなかったのではなかろうか。その清原は今期かぎりの引退を表明した。

2008年8月19日火曜日

オリンピック

アテネほどではないが、日本人選手の活躍にオリンピックが盛り上がっている。女子柔道では、谷本が腰痛をおして金メダルを獲得した。気になったのは、そのコメントである。到着が遅れたために、狭い機内に閉じ込められて腰痛が悪化したというものである。

 実は、オリンピックでは役員はビジネス、選手はエコノミークラスと決まっている。以前、ある役員が家族までファーストクラスに載せて視察に出かけたことが問題になったことがある。

 かつて、トーマスの知り合いがオリンピック候補選手になった。しかし、海外遠征費用はすべて個人持ちである。なんとか息子をオリンピックに送りたい親が借金までして遠征費用を捻出した。残念ながら、彼はオリンピックに出ることはなかった。残ったのは、莫大な借金である。悲惨なことに、それからまもなくして借金で先祖代々続いた店を手放すことになった父親が自殺したのである。

 フィギュアで金メダルを獲得した荒川静香は、日本スケート連盟からは十分な補助がえられず、コーチの旅費も自分で負担していたという。競技用の衣装をお母さんが夜なべして縫っていたという話には驚かされた。

 金メダルをとった時、その横に連盟の有名な女性部長が祝福に来たが、荒川は顔をあわせなかった。それが、すべてを物語っている。その後、この部長は逮捕された。連盟の金で私服を肥やしていたのである。

 国民が望んでいるのは、有望な選手の育成である。どうやら、この国では、その仕組みができていないらしい。