2007年11月21日水曜日

教授の品格

 トーマスがアメリカの高校に通っていたころの話である。住んでいたのは、サンフランシスコの近くにある田舎町であった。なぜか、日本からの訪問者が多かった。サンフランシスコに近いということもあったのだろう。

 日本からツアーグループがやってくると、歓迎パーティーが催された。その趣旨はよく分からなかったが、海外の旅行者と交流するというのは、田舎に住んでいる人たちの楽しみのひとつであったのかもしれない。当時は、アメリカが日本社会を積極的に受け入れようとしている時代でもあった。

 訪問グループには、ある企業の一団や、一般の旅行客もあった。実に多種多様であり、どういうコネでやってくるのかはトーマスにはよく分からなかった。

 なぜか日本からの訪問者があるときは、トーマスは必ずパーティーに呼ばれた。いまにして思えば、その街では、ただひとりの日本人留学生であったので当然だったのかもしれない。そういえば、街に住んでいる日系二世や三世も呼ばれていた。高校生だからアルコールは飲めなかったが、ちょっと豪勢な料理が食べられるので、それはそれで楽しかった。

 ある時、訪問団のひとりに京都大学の教授がいた。どうやらカリフォルニア大学バークレー校を訪れたついでに、この街に来たらしい。当時トーマスは、京大教授は神様みたいな存在と思っていたので、親切心でお世話係を申し出た。

 ただし、彼には不愉快だったようだ。高校生ごときに世話にならなくとも、おれは英語でコミュニケーションができるんだぞということらしい。ただ彼の英語は、現地のネイティブにはまったく通じなかった。さらに、彼は、自分の研究の自慢ばかりで、自分はこれだけすごい研究をしていると説明した。当然、パーティーでは明らかに浮いていた。

 トーマスは必死にフォローした。京都大学は日本でトップの大学のひとつなのだと。すると現地のひとがこう言った。「ここでは京都大学なんて誰も知らないよ。UCバークレーは、世界的な大学だけどね」と。その町には、バークレーの教授が何人か住んでいた。
 さらに付け加えた。「彼がパーティーで嫌われているのが分かるかい。英語が下手だからじゃない。トーマスが苦労して場に溶け込ませようとしているのに、それが分からないからだよ。そんな人間はどうしようもないな」

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